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星の原休憩所

映画、アニメ、読書など、趣味の感想記録です。

津田尚克監督 「planetarian~星の人~」

映画

映画21.津田尚克監督 「planetarian~星の人~」 (日本・2016)

ネタバレ全開でいくので、気にする人は注意。

基本、この物語の位置づけは、「ちいさなほしのゆめ」の続編、完結編だと思うので、個人的には、映画単体で見ることは、おすすめしません。

まずは、OVAか原作ゲームで「ちいさなほしのゆめ」を見た上で、気に入ったなら、視聴してみてもいいと思います。この作品は、「ちいさなほしのゆめ」を見て、泣いた人のためのご褒美というか、救いの物語だと思うので。

でないと、いくらつなげたと言っても、「星の人」のパートと、「ちいさなほしのゆめ」のパートは、物語が違いすぎて、どうしても違和感が出てきてしまい、若いときの屑屋がかっこよかった分だけ、こんな変なじいさんになってしまうのか~と思うと、ちょっとがっかりするし、老人と子供たちが出会う未来軸の世界観と、荒廃した封印都市で、戦っている青年とロボット少女の物語は、かみ合わないと思います。そういう意味では、単体の映画としては、かなり出来が悪いかもしれない。

とはいえ、この物語の肝のシーンは、子供たちが女神と呼んでいたその少女型のロボットを、老人が発見するシーンだと思うし、それが動いて、老人の元へやってくる部分だと思う。私的には、ここで一番感動した。

彼がずっと探していたものに、めぐり逢えた瞬間。「ちいさなほしのゆめ」ラストで、彼は、ゆめみに約束した。「お前を新しい職場に連れていってやる」と。そのために、彼女のメモリーチップを受け取ったわけだし、それを受け入れてくれる筐体をずっと探し続けていたわけで、彼は、人生の最後で、ようやくそれを見つけたのだ。

あいにく、メモリーチップを、女神のロボットに組み入れるシーンはなかったわけだけど、それはやっぱり必要ないだろう。と思う。彼の愛した少女は、もはや、天国の門の向こう側にいて、彼を待っていたわけだから。現世で、彼女と再会する必要はない。(メモリーを組み込んでも、それは、彼の知っているゆめみではなく、あくまで別のロボットでしかないのだ)

女神のロボットは、子供たちの手で、新しいゆめみとして復活するのかもしれないが、それはまた別の物語でいいんじゃないか?

屑屋は、探しつづけていた少女(ゆめみの記憶を受け入れてくれるロボット)に出会えた。ずっと願いつづけていたことをやり遂げたし、彼の長い旅は、無駄ではなかったと思えたから、報われた。救われたんだと、そう思いたい。

SFとしては、よくあるネタだし、物語としても非常にシンプルなんだけれど、失った少女をずっとおもいつづけた老人の物語として、胸を打ちます。

壊れたロボットは、壊れた世界と呼応するし、失われた少女は、失われた星空と呼応する。もはや取り戻せないものを最後の糸でつないだ話として、感動しました。いい作品だったと思います。