「人間はほかのものに関心がなくなったのさ。まあムリもないな。右も左も人間だらけになってしまったのだから」
「では、何に関心がある」
「自分たちにさ。特に”進歩”とか”文明”とか呼ぶものにだね」
「それは何だ?」
「前へ走っていくものだよ」
「走ってどこへ行く?」
「前だよ」
「東を向けば東。西を向けば西がすなわち前じゃ」
「西でも東でもない。前といったら前だ。おのれの前。後ろの反対」
「わからぬぞ。おのれの前と後ろの区別しかつかぬでは、まるで畜生なみの悟性じゃ。人の”意”はどうした?」
「”意”か」「さて、そこよな。一人一人は変わってはおらぬ。”意”も悟性も残っている。しかし、ものにつかれたようにただ一丸となって前へ前へと走っていく人間たちは、むしろ一匹の大きな畜生に似ている」「かつてないほど巨大で、力猛く、やみくもに天へととどこうと走る畜生だ」「これが大きくなればなるほど、一人一人の人間とその”意”はとるに足らぬ存在となる」「垂根翁がいうとおり、人が増えれば増えるほど薄れていく理屈だ・・・」
気に入った会話を、メモ。
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